Will なりたい自分
> ブログ > Will なりたい自分 >
「所詮は」という言葉を使うことはありませんか?
「所詮」はすべての努力を破壊する、というのは、宿命論者になっては実りを感じることがなくなるということです。持って生まれた何かに翻弄されるのは、今の時代に背を向けているのと同じことです。心のどこかで、自分をあきらめさせるためにこの言葉を使っているとしたら、本当の心の中には「自分にはできる」という期待があるということです。自分の本音に向き合いましょう。
「どっちでもいいよ。私は」という言い方は優柔不断だと思われる場合もあります。 ですが、余裕をもって「自分はどっちでも問題なく結果を出すことができるから」と言える場面も必要です。 自分の成長や実力を自分で確認できていること […]
丁寧すぎると、その場面に相応しくなく、面食らってしまうことがあります。たとえば、この「いかがなさいましたか?」というのを電話口で言われたら、どうでしょうか? 「いかがもへったくれも、何かなければ電話なんてしない!」と言 […]
それぞれがお互いを尊重することはもちろんですが、「どうしよう、これでいいのかな?損しないかな?」と悩むときには、「みんなが幸せになれるだろうか」と考えてみましょう。 あたりまえのことですが、職場ではなかなかできないことで […]
仕事の指示を受けるときは、最後まで質問はせずに、聴き取ります。そのうえで、質問をします。いちいち、「でも、それって、~」というように質問をしていると、その先に用意されている結論にたどりつくまでに時間がかかります。その質問 […]